不意にドアが少し開いた。
鳴らしてから数分経っていた。
「小ちゃん・・・」つぶやくような声だった。
彼女はパジャマ姿だった。
無表情で、動揺した様子もないかわりに喜んだ様子もなかった。

僕は不意に記憶がよみがえった。
京都の夜、彼女が僕のモノをそっとなめたときのこと。
あのときと同じ表情。
同じ姿。
いやな予感がした。
僕は無言で、ドアを完全に開いて中に入った。
彼女は抵抗しなかった。
そしてベッドに目を向けた。
見知らぬ男が横たわっていた。
目を見開いて驚いている。

僕も、その男も、身動きできないまま互いを凝視した。
男は、ひざから下をベッドから下ろしている。
ベッドに腰掛けた状態から上半身を倒してベッドに横たえた状態。
ズボンとトランクスは下げられ、Tシャツは上にまくりあげられている。
股間を隠しているが、へその辺りから胸のほうへ白いものが飛んでいる。
果てた後だった。
実に情けない格好だった。
そして気付いた。
この格好は、以前の僕じゃないか。
僕が京都の宿でされたように、この男も、彼女に、かわいらしい仕草でモノをそっとなめられ、白いものを自分の胸に撒き散らしたんだ。
男の顔は、可もなく不可もなくといった感じだったが、遊んでいるようには見えず、真面目で気が弱そうだった。
要するに僕と同類の男だった。
そして、僕が歩んだのとまったく同じ道をいま歩んでいるんだ。
ドアの方にいた彼女が、僕の腕をそっとつかんで引き寄せた。
僕は、なんて運が悪いんだろうとそのときは思った。
彼女は僕にとってもうすべてで、浮気しようと何でも、僕のそばにいてくれれば。
これほどの彼女なら。
ただ、いま思うと、他にも同類の男がいた可能性はもちろんあって、僕が不意に来訪したために、その中の1つにぶちあたることはある意味当然な展開だったのかもしれない。
僕はドアのあたりまで返した。
「小ちゃん・・・」そういって彼女は、そっと僕の胸にほほを寄せた。
たぶん男からは見えてない位置だろう。
僕は真実に気がついたのに、あまりのことに混乱していたし、彼女がこの行動に出たことで、僕は怒りとか嫉妬とかそういう黒い感情をぶつけることができなくなってしまった。
彼女はやっぱり僕のことが一番好きなんだろ。
だからいいんだろ。
大丈夫だろ。
彼女は僕に外に出るように、動作でうながした。
抵抗できなかった。
彼女は僕を見つめながらドアを閉めてしまった。
僕はしばらく呆然としていたが、男が追い出されて出てくるかもしれないと思い、階段とは反対側に行って隠れて見ていた。
しかし、10分ほど待っても男は出てこなかった。
僕はドアの前に戻り、様子をうかがった。
中を覗きたいと思ったが不可能だった。
声だけでもきけないかとドアの隙間に耳をあててみる。
聞こえない。
しかし、いろいろ耳をあてるポイントをかえたり、あて方を工夫したりした結果。
・・・かすかにきこえるテレビの音はするが、二人の声はきこえない。
隣人が気付いたらかなりやばい状況だが、必死だった。
僕は、雑音の中に彼女の声を必死に探そうとした。
と、やがて、電気が消え、続いてテレビの音がとまった。
これから起こってしまうことを僕は怖れた。
でも一方でそれを精一杯聞こうとした。
アアァ・・・という脱力した声が聞こえてきた。
男の声だ。
声でけえよ。
声までもが情けないやつだ。
あんな男に、僕のかわいい彼女が、やられてしまう。
小ぶりの胸や、濡れて熱くなってるところを観察されたり、指で弄られたり、なめられたりしてしまう。
男の声から、中で起こっていることはだいたい推測された。
ンアアァ・・・ウッ・ウッ・ウッ・ハッ・。
彼女が、入れられてしまったのを悟った。
あの濡れてあったかいところに、僕じゃない男のモノが。
僕は、自分がどうにかなってしまいそうだった。
脳みそをかきまわされているみたいだった。
でも、さらにおいつめられた。
「・・・いやあ・・・。」はっきりそうとは聞こえなかったが、男の声にまじって、別な声が聞こえたことは確かだった。
男の声がうるさいが、もう一度きこえた。
声がかすかすぎて、脳が勝手に補完してしまうので、どこまで真実のものとして聞こえているのかは自信がない。
ただ、男の声以外の声がきこえ、それは、彼女が男のモノを出し入れされて感じている声としか受け取りようがなかった。
僕が、その声をきくようになるのは、何度も彼女としてからなのに。
あの男は、僕よりもうまいのか?それとも、あの男はすでに、彼女と何度もやっているのか?男の声はだんだん高ぶり、そしてアァ・・・と果てた。
あまり長くなかった。
僕と同じくらいか。
しかし、行為はまだ終わらなかった。
しばらくすると、また男の情けない声が聞こえ始めた。
僕は聞き続けて、あ、いま入れられたな、とか、だんだん出し入れが速くなってるな、とか状況を分析していた。
それが終わっても、まだ限界が来ないようで、間隔が空いた後に再びはじまっていた。
僕は、敗北感を感じて家に帰った。
ひたすら自慰にふけった。
ベッドに横になって、彼女がなめてくれたときと同じ体勢になってずっと。
もう股間が痛くなっても収まらなかった。
外が明るくなってきたころ、ようやく眠くなった。
寝て、起きたら昼1時を回っていた。
大学はもうさぼった形だ。
そのときになって、僕はようやくパソコンをつけようと思った。
彼女からメールが来ていないかと。
そしたら・・・来てた喉がつまるような思いをしながら、それを開けた。
僕は、許す気まんまんだった。
許すというか、彼女は僕の全てだった。
彼女が僕に戻ってきてくれるなら、何でもよかった。
・・・件名なし、内容なしの空メールだった。
念のため、反転すると文字がでるかとか、何か仕掛けがないか確かめたが、何もなかった。
意味がわからなかった。
君に話すことはもうないよ、ということなのか。
謝るつもりはないよ、ということなのか。
しかしそれならメールを送ってくる必要自体がない。
逆にこのメールに返信ちょうだいということなのか。
でも、いつも自分から動いていく彼女の性格から、他人に返信をよこさせるような行動は想像できなかった。
苦悩するまま夜になって、ふと、ゲームにログインしてみようと思った。
ゲーム内で、僕と、彼女との友人登録は削除されていなかった。
彼女はログインしていた。
(登録していると相手の状態が分かる。片方が友人登録を削除すると、もう一方もたぶん削除される。)しかし、いつも僕がログインするとチャットで話しかけてくる彼女は、一向に話しかけてこなかった。
僕も話しかけるのが怖かった。
いつも待ち合わせしているゲーム内の場所にいっても、彼女は来なかった。
僕のブログに、彼女のコメントがつくことはもうなかった。
僕は悲嘆にくれた。
終わり。
——後日談ボロボロの抜け殻のような状態が続いた。
大学には通ったが、何も耳に入らない状態で、実質何もやってないが形式だけ見せかけて間に合わせる毎日だった。
時間があればパソコンに向かって、なにか掲示板を見たりしていた。
何もやってないから時間だけが余って、7月に入ってから、ふとゲームをやって中の世界を確かめたくなって、お金を払ってサービスを継続し、ログインした。
何も変わらない世界。
彼女との友人登録はまだ残っていて、今もログインしていた。
しかしやはり話しかけてはこなかった。
所属していた団体からは除名されていた。
話せる友達はもういなくなっていた。
僕はログインしたとたん、急にやる気がなくなった。
傷心旅行をしているようなつもりで、数時間もずっとゲーム内をぶらぶらしていた。
彼女のキャラが通りかかった。
彼女のキャラは、僕とすれ違うと、ちょこんと挨拶のポーズをとって、そのまま走り去っていった。
何もしゃべらなかった。
ただ、挨拶されたのが僕にとっては本当に大きな救いに思えた。
それを境に僕は回復していった。
いまは、わりと自分を冷静に見れるようになった。
思い返すと、さまざまなところで反省すべき点がある。
最大の問題は、そもそもどこまでつきあっていたのかということだろう。
体の関係ばかりが先行してしまった。
30回近く彼女と行為を繰り返し続けながら、恋愛を深めることをしてこなかった。
彼女の術中にはまりながら、情けない格好でいかされたりして、男なのに体をもてあそばれてしまったという自虐的な決め付け方もできる。
思いやりが不足していた点も多い。
一方で、彼女と共有していた時間は、出会った2月頃からゲーム内含めて考えるとはんぱじゃなく多いし、1日中彼女と話し続けたこともたくさんあった。
京都で一緒にいたときの彼女は本当に楽しそうで、単に体だけが目的だったのかと割り切るのにも躊躇を感じる。
もうちょっと普通にデートを重ねていくのも誘えばできたはずだ。
そのあいまいな状態を解決しようとしないまま、欲求に走ってしまった点が最大の反省点だと思う。
それによって、悲劇を回避できたかは分からないが。
学ぶ点は数多くあったので、人間的に成長できた気がする。
彼女には心から感謝している。
僕はまだときどきゲームでぶらぶらしていて、彼女はすれ違えば挨拶する状態から変わっていない。
僕がなにか行動を起こしたら、と思う方もいるかもしれない。
しかし、彼女には彼女自身たぶん何か深い闇が心の中に広がっている気がして、僕程度の人間では、どうにも付き合っていくことはできないと思う。
以上を懺悔の意味でここに記す。
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