10年前の夫の不倫を理由に家庭の外に欲求不満晴らしを求めた五十路妻のあわれな末路

10年前の夫の不倫を理由に家庭の外に欲求不満晴らしを求めた五十路妻のあわれな末路【イメージ画像1】

には愛する子供も夫もいるのに、浮気していて、裏切ってしまいました。
私が浮気するきっかけになったのは今から10年も前。
 

主人に二回目の浮気が発覚したんです。

 

び夫に裏切られた訳ですから離婚も視野に入れて話し合い。
 

修羅場になりました主人は逆ぎれして、妻であるわたしに、週三回以上Hさせないからって言いだしたんです。
あたしは下の子を産んでから、生理的に主人とHしたくなくなって夫婦の営みが減ったのは確かです性欲がなくなったわけじゃなくて、いいえむしろ性欲は強くなってしまってました。
 

 

10年前の夫の不倫を理由に家庭の外に欲求不満晴らしを求めた五十路妻のあわれな末路【イメージ画像2】

だ、主人とはしたくなかったんです。
倦怠期だったんですその事については反省もして、主人も浮気相手とは別れたみたいだった事と、子供達の事を考えて離婚は思いとどまりました。
 

いえ正直にいうと、この事を相談してた女性がいて、どうしても腹の虫が治まらないあたしに、後腐れがない人だから一回だけしてみたらって男性を紹介されたんです。

 

人しか男性経験の無いあたしは、物凄く迷いました。
 

お酒の勢いと主人への怒りから、その男性についていってしまいました。
お店を出て、歩いて10分くらいのホテルで繋がりました。
 

 

の男性は優しくて、あたしの嫌がることはしませんでした。
主人への怒りよりも、不貞をした後ろめたさで凹みながら、ホテルをでました。
 

そんなことになるなんて、考えてもいなかったから、下着も上下別で普段着でしたし、あちこち処理もしてなかったから恥ずかしくて、始まってからは早く終わってって思いでした。

 

ップサービスだと思うけど、また逢いたいって言ってくれたのを覚えています。
 

でも、その男性とは一度きりです。
ホテルに入るときには、2mくらい後ろを歩いてついていって、帰りは彼があたしの肩を抱いてくっついて歩いてました。
 

 

クシーのくる場所まで送ってくれて、待ってる間に彼は何度もキスしてきたり、お尻や胸を触ってました。
あたしは、されるままになってました。
 

元々ひとりえっちが多かったあたしが、その日のことを考えたら、前よりも回数も時間も増えてしまいました。

 

いとはいえ、簡単にそんなことができちゃった事に後から後から興奮が溢れてきました。
 

主人への怒りは薄れていって、ひとりですることに没頭していきました。
あの時の彼が、あたしのコンプレックスだった体のあっちもこっちも、褒めてもらえたことに喜びもありました。
 

 

んな体でも喜んでくれる人もいるって思うだけで何故か浮かれる感じになっていました。
そんな時に下の子の学校のPTA役員にされて、学校に行く機会が多かったんです。
 

資料を作ったり23時間は作業することも頻繁にあった頃、学校のトイレで盗撮されてたるのに気づきました。

 

くて声も出なかったのと、騒いで何かされてもいやだったから、気づかないふりをして外にでました。
 

そんなことがあってから、できるだけ学校のトイレは使わないようにしてました。
数週間たったある日、役員会が終わって一度正門までいって忘れ物に気づいて戻った時でした。
 

 

子の担任の先生が、教職員と外来者専用の女子トイレからボストンバッグを持って出てきたところに鉢合わせしてしまったんです。
お互いに慌ててたと思います。
 

翌々週まであたしは、悩みました。

 

の時、前の壁下の隙間からチラッと見えたカメラらしきものは、先生がしてたのそれとも違うの学校で先生にその後も二回会いました。
 

声も普通にかけられて話しもしました。
そんなそぶりも見えなかったのに、それから次の週のことでした。
 

 

生からうちに電話がきたんです。
意味深な電話でした。
 

先生に指定されたファミレスで話しをしました。

 

めに切り出されたのは、あたしのたった一回の浮気を目撃されてたことでした。
 

その後も色々話してたみたいでしたが、あたしの頭の中は真っ白で何も覚えてませんでした。
ただ、それからは先生に着いて行くしかなかったんです。
 

 

々な思いが交錯してました。
暗闇の森の洞窟に入って行くような思いでした。
 

ホテルへ向かう車が信号で止まるたびに、先生はあたしにキスをしてきたり、走りながらでも左手はあたしをまさぐるように触ってました。

 

抗も考えられないくらい、これから先に訪れる幾通りもの最悪な結末が頭の中で浮かんでいました。
 

ホテルにつくなり、後ろ向きにされて乱暴にスカートを捲られて、下着を勢いよくお尻がでるくらいだけ下げたかと思ったら、いきなり捻り込むように入れられてしまいました。
初めての浮気相手の時も、主人のより一回りもふた回りも大きくて驚いたのに、先生のは比べられないくらいの太さの巨根。
 

 

うお腹の中までいっぱいにされて、とどいてるのに、どんどん押し込まれている感じでした。
ゆっくり引き抜かれてる時は、内臓まで一緒にでちゃいそうな感覚です。
 

一回、二回、三回とゆっくり動かされたところで失神してしまいました。

 

識が戻った時のあたしは、失禁しながら激しく突かれているところでした。
 

先生のは、本当に簡単にあたしの行き止まりに当たってから、もっともっと押し込まれる感じなんです。
初めての感覚。
 

 

めての痙攣。
初めての失禁。
 

初めての失神。

 

がなんだか分からないまま、もうどうなってもいいって思ってました。
 

クリちゃん以外にいったことのなかったあたしが、信じられないくらい、中イキしまくり。
失神も何回したのか、どのくらい意識がとんでたのか分からなくなってました。
 

 

しく突かれながら、いやらしい言葉を何度も何度も言わされて、いつのまにか絶叫してる自分がいました。
午前10時には入ってたホテル。
 

帰りはもう真っ暗になってて、20時過ぎてました。

 

々日、夜に呼び出されて、また関係しました。
 

最初の日から先生にビデオとカメラで撮影されてましたから、もう逃げることもできなくてされるままでした。
散々おもちゃにされてるうちに8年が過ぎて、先生が倒れて入院するまで関係は続きました。
 

 

生はいまも一人では歩けなくなっています。
先生が入院してる間に、奥様が先生の部屋にあったビデオや写真、えっちな道具を見つけられたみたいで、パソコンも何もかも処分されてから、離婚されたそうです。
 

その話しを伺ってから、あたしは先生の家に行きました。

 

も居ない家。
 

先生の部屋は奥様の恨み壁に傷、カーテンもソファーもベットマットもナイフで切り裂かれたような無数の穴があり修羅場の残骸がありました。
机の引き出しは全部外されていて、中身は空っぽ。
 

 

ソコンも何もなく、本当に先生のものは施設にあるものだけで、あとは全部処分されていったみたいでした。
リビングには、奥様からの置き手紙があって、お帰りなさい。
 

そのまま死んでくれたらよかったのに。

 

、書かれていました。
 

余りにもいたたまれなくなって、そのメモだけは持ち帰り捨てさせてもらいました。
お家の中の状況を施設にいる先生に伝えて、最後のお別れを言いました。
 

 

生に無理やりされてから、おもちゃにされ続けて、何人もの男性の相手を何十回も経験させられて、何回も中絶して、子宮をとってからも、より一層おもちゃにされたことも今は全部思い出にすることができそうね。
もう一生分のえっちは、しつくしたと思ってたら、最近体がものすごく疼いて、一つ一つ思い出しながら自慰でしています。
 

気づけば私も50代のおばさん。

 

もあたしは主人とSEXしてません。
 

そして主人は、相変わらず浮気してるみたいです。
結局一周して、ふりだしに戻ってしまいました。
 

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